私が社会人になって間もない頃、職場の同僚たちと一緒にアマチュアバンドを組むことになりました。きっかけは先輩社員の結婚式に招待され、披露宴の2次会で有志一同がお祝いの歌を贈ることになったからです。

カラオケなどを使って簡単に済ます方法もあったのですが、私は趣味でベースギターをやっており、有志の中にはギターが上手い人もいたので、どうせなら本格的にやろうということになったのです。

選曲のためのミーティングとスタジオでのリハーサルを数回行って本番に挑みました。パーティ会場は総勢40名くらいの熱気に包まれていて、私達の拙い演奏でもそこそこ盛り上がりました。

演奏した曲は洋楽ポップスの定番曲がほとんどだったのですが、ステージ後半あたりに一人の参列者がステージに上がってきました。白人の若い青年だったのですが、片言で「私も歌いたい」というようなアピールをしてくるのです。

私たちは一瞬戸惑ったのですが、どうやら新郎の知り合いでアメリカから来ている留学生らしいのです。その場の和んだ雰囲気も手伝って、ぶっつけ本番でやってみようということになり、残りのレパートリーのうち2曲ほどをその彼が歌ったのです。

そのパーティがきっかけで留学生の彼と親しくなり、話はとんとん拍子で進んで正式なバンドを結成することになりました。

月に1回ほどスタジオに入り、それぞれのメンバー好きな曲のカバーを練習しました。バンドのまとまりが出来てくると、ただスタジオで演奏するだけでは物足りなくなってしまい、ライブハウスで開催されている社会人バンド演奏会などに出演するようになりました。

メインボーカルの座を射止めた留学生の彼は飛び切り歌が上手いわけではなかったのですが、明るく社交的な性格で日常会話程度の日本語も通じましたので、観客を盛り上げることには長けていました。

面白かったのが、彼自身も熱狂してくると突然母国語に切り替わり、変なスラングのような言葉を叫びまくる癖があることでした。観客も私達自身もそれが面白くて、ステージでもついつい爆笑してしまったことが何度もあったことを覚えています。

その後バンド活動は約2年ほど続いたのですが、彼は本国に帰ることになり、私たちも仕事に埋没する日々が続いて自然消滅してしまったのですが、今でもみんな彼の個性的なお笑いキャラが忘れられず、時折集まっては思い出話に花を咲かせるのです。