私には母の知り合いの外国人さんがいました。交流センターを通じたその出会いは、私にはとても驚きでした。

彼は日本語ではない言葉をしゃべるおじいちゃんの外国人で、私には3人目の祖父のような存在でした。私が覚えたての英語であいさつをすると「Smart girl!(賢い子だ!)」と褒めてくれました。その彼がなぜ日本に来たのか、知ることになったのはずっと後になってからでした。彼は東京裁判の日本側の弁護団の一員として日本に来た人なのでした。そして、その後日本に住みついたのです。

なぜ日本に残ったのか、日本のどこが好きなのか、なぜ日本の中でも私たちの街を選んでくれたのか…聞きたいことは山ほどありました。けれども、彼にそれを聞くことは叶いませんでした。
中学生になったころ、彼がアメリカへ帰るために引っ越しの準備をしていると母が聞きつけ、最後のお別れに会いに行くことになりました。

10年ぶりぐらいに会うその姿は昔の大きな背中ではなく、細くて小さくなったように見えた姿でした。私たちを見つけると「Hi! Nice to see you again!」ととても喜んでくれました。私は英語が好きでしたが、そこまでうまくスラスラと話すことができず歯がゆい思いのまま別れました。

その彼が亡くなったと知らせを受けたのはそれから1年もしない頃でした。彼のお姉さんから母に連絡が来て亡くなったことを知りました。彼とは話してみたかったことが山ほどありました。今でも小さな私の頭をなでる彼の暖かな手を忘れられません。彼は私にとっていつまでも忘れることのできない3人目のおじいちゃんです。