臆せず話せば世界が広がる

私は外国に対する興味がわいて、外国人とお友達になりたいなぁと強く考えていた時期がありました。そんな時出会った友達は、同じく海外生活に興味があり、英会話を勉強しているという女性でした。

ある日、その友達に連れられて、外国人の方も多く来るというバーに。そのお店のオーナーは日本が話せる方でしたが、出身はオーストラリアということで、私のつたない英語でも、「全然大丈夫だよ」と自信を与えてくれたんです。

その時にバーで知り合った外国人の方とはメールで連絡したり、たまに会ったりしていますが、なるほどと思ったことがあります。それは英会話に自信がなくてもともとなかなか話すことができなかった私でも、逆にたくさん単語であっても話したほうが思いは伝わっていくんだというポジティブな考え方。

英語は世界のあちこちで話されているので、いろんな国や地方のなまりがあるんです。イギリス英語とアメリカ英語は確かに聞き取ると違っているということがわかります。でも、その外国人の友達と交流していくうちに私も日本人が話す英語ではあるし、得意なわけではないけれど、たくさん話してみるということでニュアンスが伝わり、「それはこういうこと?」と相手がフォローしてくれることもあるのです。

怖がらすに話してみることで、外国人とお友達になりたいと思っていた私も実際に友達ができて、一緒に遊んだり、時には日本語を教えることでまたコミュニケーションが広がっています。最初に行ったお店で話してみるという小さな一歩から始まった外国人との交流は自分にとっての世界観が明らかに変わりました。今ではもっといろんな国に行って、さらに自分の視野を広くして生きていきたいなと思っています。

ウォッカは必需品!

ヨガの教室でアイスランド人の女性と知り合い、親しくしています。彼女は夫と二人の息子との四人家族で、お宅に遊びに行ったときに、庭で陰干しされた四枚の寝袋を見ました。

何気無く家族で登山でもしてるのか、と聞いたところ、アイスランドでは一定の年齢になるとたいていの人は自分用の寝袋を最低一枚は持っている、とのことでした。停電や災害が冬にあったとき、凍死しないためで、アウトドアはまったく関係ないそうです。国が違えば自然環境も全然違って、備えるべき対策も違うんだと感心しました。

それと北欧やロシアのひと達はアルコールに強いと感じます。アルコールを必要とする理由も目から鱗でした。

アイスランド人の友人繋がりで、ノルウェーとロシアの人達とパーティで知り合ったときのことです。彼ら彼女らがウォッカを水のように飲んでいて驚愕しました。ショットで何杯もです。酒といったらウォッカなんだそうです。ビールやワインは喉を潤すための水やジュースのようなもので、酔うための本当のアルコールではないそうです。

アルコール度数の高いウォッカを飲めば、寒い冬でも体がポカポカ温まるから、嗜好品ではなく必需品だと言っていました。そのなかの一人は、雪害で家に閉じ込められたら寝袋とウォッカで生き残るつもり、と力強く笑っていました。

そんな国民性なので、アルコール中毒症は社会問題になっています。国も対策をこうじるようですが、絶対に無理、無駄、とその場のメンバーは笑っていて憂いの欠片もありませんでした。
いろいろな意味で国の違いを実感して興味深かったです。

素敵な笑顔と誠実なアメリカ軍人との出会い

20代半ばだったころ、友達に誘われて米軍基地がある近くのクラブに行ったことがきっかけです。そこには、たくさんのアメリカ軍人が毎週のように遊びにくる場所でした。日本なのに外国にいるような錯覚に陥るほどの外国人の数!さすがに最初は圧倒されて部屋の隅で様子をうかがうだけでしたが、「一緒に踊ろう!」「お酒おごるよ」と話しかけられるうちにどんどん楽しさにはまり毎週末必ずそのクラブに行くようになりました。

もともと英語系の大学をでてる私は少し英語ができたので会話は多少できまてました。たくさんのアメリカ人と知り合い、話をしたり笑いあったりととても貴重な体験ができたと今でも思います。ほとんどの人とはその場限り、クラブの外でも連絡をとる関係にはなりませんでしたが、ある日、とても運命的な出会いをしました。

毎週末来ているとてもかわいい男の子。 笑顔が素敵で、多くの人が女性目当てで来ているのに彼は日本人の男の子たちとも中がよく好感が持てる子でした。そんな彼と話をして以来、クラブ以外でもメールのやりとりをするようになり彼の誠実さやかわいらしさ、ユーモアさにすぐにひかれていきました。そして彼も私に興味をもってくれていたようで、真剣に付き合うこととなりました。

しかし、彼は軍人。 門限や外出禁止があり、さらに私は仕事をしていたのでなかなか思うようには会えませんでした。それでも、彼は、基地から1時間ほど離れた町に毎週末来てくれました。
わたしたちはお互いどんどん惹かれ合っていましたが、彼がアメリカに帰国しなければならない日はこくこくと迫っていました。

4か月交際し、わたしの両親にも挨拶をすませ彼は必ず日本に戻ってくることを約束しアメリカへ旅立って行きました。

国境を超えるフィーリングの合う友達

カナダに居たときによく遊んだ外国人の友達とのことを書こうと思います。

あるところで知り合ったカナダ人なんですが、年も非常に近く考え方も似ていたのでよく遊んでいました。ある日その友人が家に招待してくれたので遊びにいきました。家はとても広く場所も都心から離れたところにありとても静かで住みやすそうな場所でした。

お昼ごろから行き、昼間は近くの公園でサッカーをしました。その友人の家に居候しているルームメイトとも仲良くさせてもらいました。近所の公園でサッカーをしていい汗をかいたあと、家に帰り夜ご飯をみんなで食べました。ピザを頼んでくれてみんなでビールを飲みながら夕食を頼みました。やはり欧米文化なので普通に夜もピザで済ませるという感覚が非常に新鮮でした。

お酒も進み、会話に花が咲きました。その日はその友人の家に泊まるということだったのですが、それには理由があり、以前から一緒にボードゲームをしようと約束をしていたのでみんなでボードゲームを夜遅くまで楽しみました。その友人はかなりのボードゲームマニアで二人して攻めても勝てなくてとても悔しい思いをしましたが、めちゃめちゃ盛り上がりました。

二人ともネイティブスピーカーなので僕の英語力でたまについていけないところもありましたが、僕に合わせて話してくれて会話も何不自由なく出来ました。その日は泊まらせてもらって次の日に帰ったのですが、感覚としては、何故か昔から一緒に居たような感覚に駆られました。国や言葉が違ってもやはりフィーリングが合う友達とは何か分かち合えるものがあるということを知り国境を越えた感じが何ともいえず今でも僕の心の中に眠っています。

またカナダに行く計画を今から立てていますが、なかなか資金面でうまくいかないのでこれから本格的に頑張っていこうと思います。またその友人に会いたいです。

ニュージーランドでの兄のような韓国人同級生

1年間ほどニュージーランドへ留学していた頃に語学学校へ3か月間ほど通いました。
初日の日に通されたクラスは8名ほどで韓国人、中国人、ブラジル人が中心でした。

私の席は前から2番目で隣は韓国人の男の子でした。英語がまったく初心者レベルの私は不安でいっぱいでなかなかクラスに溶け込むことができずにいると、その男の子がとてもやさしく話しかけてきてくれたんです。

お互いぎこちない英語ですが、やさしさが伝わってきました。お弁当を一緒に食べてくれたり、何かあると常に誘ってくれました。

歳は私の1つ上で兄妹のようにそれからよく一緒にいるようになり、学校帰りに映画に連れて行ってくれたり、勉強を2人で一緒にしたりととても心強いパートナーでした。

いつものように話をしている時に、私は彼に「いつもありがとう、本当にやさしいね」と言ったことがあります。すると「日本人の女性はすごくやさしい、ありがとうという気持ちを大切にしていると思う」と言われたことがあります。

とってもとってもうれしかったです。韓国では日本人というだけで好かれるそうです。

私自身、異国へきて、はたから日本を見ることがなかったためか日本人は本当に低姿勢な国だなと実感しました。「ありがとう」の言葉は万国共通なんだと。

それから私が帰国するまで、彼とはずっと良い仲でいることができました。休みの日はご飯を作ってくれたり、誕生パーティーもしてくれて彼がいたからこそとても楽しい1年間を過ごせたと思っています。