15年も前の昔の想い出です。

韓国人女性と恋愛しておりました。

大阪の岸和田に住んでいた頃で、1年程度のお付き合いでした。

名前はGin。

当時の年齢は26歳で、私は30歳くらいだったと思います。

 

出会いは、韓国料理の飲食店です。

彼女はアルバイトで働いていました。

日本で店を出したい夢があり、資金集めだとか。

昔で店の名前ははっきりとは覚えておりませんが、記憶では『おふくろの味』だったかと。

この和名と韓国名もあったと思いますが、そちらは覚えておりません。

 

数年前に近くを通る機会があり寄ってみたのですが、別の飲食店になっていました。

いい想い出もあるのですが、これから思いだしたくないことも書きます。

どちらも今日になるまではずっと私の心の中にだけありましたが。

 

私は韓国郷土料理の濃くて辛い味付けが好みで、仕事の帰りに夕食を食べに週3日程度その店でお世話になっていました。

調理してくださるのは母親の年くらいの韓国人の方で、おしゃべりも交えながら、満腹になるまでどんどん料理も大盛りのサービスをしてくださりました。

それから私とその方とのおしゃべりの中に、恋人になる彼女も入ってくるようになり、その頻度、時間が多くなるにつれ、仲良くなり、その延長で付き合うことになりました。

日本語もほとんど出来ず、英語も無理なので、会話も大変でしたが、料理してくださる韓国人はある程度、日本語が理解できていらしたので、時々通訳もしてくださりました。

仕事の後、私は韓国語、彼女は日本語を勉強、それが日課でした。

お互いをもっと知りたいという目的があればどんどん勉強できました。

お互い競争心もあり、数ヶ月で日常のコミュニケーションができるようになり、その頃になると一緒に暮らすようにもなりました。

彼女は暖かい地域の出身のようで、日本の冬を苦手がっていました。

仲良しである一方、よくケンカもしました。

それなりに民族性が出るのだと思います。

彼女には相当、頑固な一面もありました。

個人の性格なのかもしれませんが、譲りあうということは、ありえないこともたくさんあり、“あなたは男だったらこうしなさい”だとか“そんなことを日本人はするのか”と笑われ馬鹿にされることもありました。

時々、何で怒っているのかさえ理解できないままでいることもありました。

仲直りやケンカを繰り返しながらも、このままうまく付き合っていけそうな気がしていたのですが、やがてお金のトラブルになっていきました。

就労ビザの都合で、手続きのため一時帰国が必要になってきたときです。

借金の話が出て、帰国するついでに返済したいが、まとまったお金を捻出できないから、私に協力してほしいと。

私は信じることにして、お金を貸しました。

まあまあの大金、数百万円です。

帰国後も電話はできたし、しばらくは不安などなかったのですが、やがて連絡がつかなくなりました。

しばらくは信じて待ち続けたものの、数カ月がたって、“だまされた”“ばかだった”と気づきました、というより友人と相談するうちに気づかされてきたのです。

後味がなんとも悪く、私の中で“本当にだまされたのだろうか?”という思いがもんもんと数年は忘れられずにいました。

もしかして新たなトラブルがふるさとで発生して、何かの事件に巻き込まれていないだろうかとずっと心配でした、それはやっぱり愛していたのだと思います。

何年かして風の便り(真実はわかりません)で、無事に韓国で暮らしているとのこと。

-よかった…“じゃあのときはいったい?”という疑問。。。

追求はもうやめておくことにしました。“無事ならそれで…”。

さらに数年たった今でも時々夢に現れるけど、仲良かったときの風景です。

今でもだまされたという感覚はなく暮らしております。

もう忘れかけている日常会話ですが、“仕事がんばってね”だけは覚えています。

毎朝出かけるときは、お互い声をかけあっていました。

そして、もう少し続いていたら文字を書くことにも挑戦していたと思います。

日本は安全な国、韓国・中国の方はたくさん観光に来られるようになり、駅の案内でハングル文字を見かけると、読めない文字によみがえる想い出を重ねることがあります。

同じアジアで政治レベルでは、色々問題をかかえているけれど、サブカル・個人ではお互いを理解しあえるような個人でありたいです!

 

「心は言語を超える」

海外の文化や外国人に夢中になることもあるかもしれませんが、我が日本国のアイデンティティも大切。

日本人であろうと外国人であろうと、相手を知ることができるのは「心が言語を超える」とき。

もっと日本人同士も本当の意味で理解しあうことも大切であることを忘れないでください。

歴史・文化もそうです。

そして個人があっての国の尊重です。

同じアジアなのに、こうも理解できないものでしょうか?

そういうことを考えながらの交流でありたいと思うし、平和の実現を目指せる生き方ができればと思います。

writer: kenny (45yo male)